ココリセ|北九州のセラピー&カウンセリング

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怒りから抜け出す

戦時中戦後を生きた
私たちの祖父母や親世代は、

戦争の影響をそのまま受け、
戦前戦後で価値観や守るべきものが一変し、
アメリカによって持ち込まれた制度の中で、

これまでの信じてきたものの
正反対の価値観を受け容れるために、
自分の考えや感情を断ち切った人も
混乱に陥った人も
いたでしょう。
命が尊重されない社会の風潮の中で
気づかぬうちに奥底で
心が壊れていった人もいたでしょう。

ファミリーコンステレーションで
そんな母世代や祖母世代の代理人として立つと、
少し正気でないような感覚を体感します。

くるくる回ったり、ゆらゆら揺れたりして、
何の感情もない、
向こうで、子どもが泣いていても、
夫が苦しんでいても、
何も響かない、うつろな状態。

そんな状態を、コンステレーションでは
「狂気」と、呼びます。

この感覚の中にはまっていると、
痛みを感じなくなります。

自分の痛みも、家族の痛みも。

子どもの心を見れない人も、
過剰に怒り続けてしまう人も
この狂気の中にはまっている可能性は
高いでしょう。

祖母や母世代だけではなく、また
特別な人だけがそうなるのではなく、
多くの日本人が、
日常の中で、時折、もしくはずっと、
その狂気の中に入ってしまうように感じています。

以前、
母が狂気の状態で、父を怒り続けているときに、
私もそれに巻き込まれ、飲み込まれていった自分を
ありありと観察したことがあります。

自分が自分でないようで、
思考が止まり、体が重く、頭の後ろのほうも重く、
空のような状態。
自分でコントロールきかず、頭で考えてないのに、
母にひどいことを言っている状態。

11日22日と開催したコンステレーションでも、
狂気の渦が多く起きていました。

これを体感することは、とても重要でした。

自分が狂気の中にいることを認識しないかぎり、
抜け出すことはできないからです。

社会の中には怒りが溢れていて、
心の奥の層には境界線がないので、
あっというまに、
誰もが飲み込まれるのです。

だから、はまるたびに、自覚すること、
そして上手に抜け出す感覚を身に着ける必要があります。


もし、狂気にはまっていることを
認識できた人は、
そこから、抜けていきましょう。
目を覚めていきましょう。

気づくだけで、抜けれる場合もありますし、

自分の目の前で、大きく手を叩いて
自分で自分を目覚めさせてみるのもいいでしょう。

花や樹々を見つめてみてください。

自然の中に身をおいて、
自然と自分を感じきってみてください。

子どもや犬や猫を膝にのせて、
抱きしめて、
ただただ命の重みを感じてみてください。

安心できる人の目を見て、
しっかりと見つめ合ってみてください。

今ここに、戻ってきてください。

そう簡単にいかない場合もあります。

そういうときは、ゆっくりでいいので、
ただ、今自分はそんな中にはまっているのだと、
認識だけしておきましょう。

そして、一緒に取り組んでいきましょう。
自分を取り戻して、
自分とつながっていくために。



cocoriseファミリーコンステレーション初開催しました

2023年11月11日
cocoriseのファミリーコンステレーションを
開催しました。

昨年まで、井上氏にコンステレートして頂き、
学ばせて頂きましたが、

今回初めて、
わたくし松井がコンステレートをさせて頂きました。


小さなお部屋で少人数で
小さめのコンステレーションで、
プロセスを少しずつ進めていくイメージで
スタートしたつもりでしたが、

3本とも、想定以上に深いコンステレーションが
展開されました。

男性と女性
女性と女性

うまくつながれない関係性の
背景を、見ることができ、
大きな癒しや可能性が展開され、

今も尚、
深い世界の中に、いる感覚です。

コンステレーションでは、
表面上では現れていない心の中の世界を見ることができます。
深い悲しみと深い愛を見て感じることができます。
人の中に潜む強さと希望に出会うこともできます。


できることなら見ないですませたい
見る余裕も勇気もない人が多い
今の社会の中で、

しっかりと見て、向き合っていく人が、
増えていったら、
どれほどの人が救われ、
どれほどの必要な繋がりが再生していくだろうと、

強く心動かされた時間でした。

参加してくださった皆様に
心より感謝申し上げます。

コンステレーションは、
心も体も感情もフル活用し、
エネルギーを随分使います。

休憩中の皆さんのお菓子の食べっぷりが
気持ちよく爽快なほど!


第2回目の
cocoriseファミリーコンステレーションは、
11月22日(水)です。
詳細はこちら

まだ若干お席がございます。

よろしければ、ご自身の
そしてご縁ある皆さんのプロセスを
共に進めていきましょう。


心の土作り

毎年恒例の芋掘り。

夫の大先輩の畑。
安納芋がたっぷり。

一本掘り起こすと、
根っこにゴロゴロたっぷりと
芋がついています。

大先輩に、その同じ苗を頂いて、
夫は自分の畑にも植えていたのですが、

前日収穫してみると、
一本に、2,3個しか芋が育っていなかったとのこと。

「やっぱり、土が違うもんな。
ここは、長年作物を育てているから、毎年掘り起こしてるし、
肥料もたっぷりあげてて、ふかふかで柔らかい。
うちの畑は、まだ初めたばかりだし、土が固いもんな」

やっぱり、土作りだねーーーー

と、話していました。

心も同じですね。

心理セラピーは、心の土壌づくりをしているのだと思います。

心がきついときは、

カチカチに固まっている状態かもしれません。

こうすべき、こうあるべき、という、
育ってきた環境や社会から受け取ってきた「should 」
(=ビリーフ)が、
ゴロンゴロンと石のように、
心の中にたっぷり入り込んでいるかもしれません。

苦しい体験や不信感から、
防衛本能的な
緊張や守りで固めているかもしれません。

疲れ切って、
渇ききって、
何も受け付けないシャットアウトな固さが
あるかもしれません。


私は、そんな感じでした。

でも、少しずつ、石を取り除いて、
少しずつ、水をやって土壌を緩ませて、
時々、思い切って掘り起こして、
周りのやさしさや温かさや光を
素直に受け取って、栄養にして、
少し寝かせて、
思い立ったら、未来への種を植えてみる。

それを繰り返して、
耕してきたなあと、思います。

おかげ様で、だいぶ心の中の石も減り、
カチカチが驚くほど緩み、
随分ゆるみ、楽になりました。

人生にとって大事なものは人それぞれでしょうが、

私にとっては、
心が楽で、縛られずフラットでいられることが、
何よりも
日々を樂にしてくれて、関係性を良くし、
人生を豊かにしてくれると考えているので、

この道のりで、よかったと思っています。


よろしければ、
共に耕していきましょう。



芋掘りの日は、芋のツルを炒めて頂き、
(栄養価抜群らしい)
芋たちは、1か月寝かせます。
甘くなるまで!


黄色いトマトの「アイコちゃん」、美味しすぎます。
唐辛子さんたちもたっぷり頂いてきました。



新しい扉へ


先日、ぽっかり空いた時間ができて、
ずっと慌ただしい日々だったので、
まるでご褒美時間のように感じて、
庭から連れてきた金木犀と、
秋の香りのする紅茶を楽しみながら、
ぼ―――ッとしていると、

ふと、
空いている席に
8月に亡くなった父が座っている気がして、
突然涙が溢れました。

押し寄せてくる
深い悲しみと
恋しさ。

思考で他に何か考えることもなく

ただただ泣いて、

セルフセラピーの
時間となりました。

そして、
不思議と
満たされました。

父が4月頭に心筋梗塞で緊急入院して以来
父が頑張り抜いて
つくってくれた
4か月半の時間に、

たくさんのことを考え、
多くのことに気づくことができました。

cocoriseにリセットできたのは、
父のおかげです。

空気が緩み、
陽射しが柔らかで、
落ち着いた静けさがあり、

準備が整ってきたと感じたので、

時期が来たと思えたので、

新しい歩みを
スタートしてまいります。

cocoriseでの
ファミリーコンステレーション。

新しい扉を開いていけますように。

皆様のプロセスが進んでいきますように。

何卒よろしくお願い致します。


言葉の矢から、心を守る

心ない言葉は、突然放たれ、
ガードする間もないままに、
剥き出しの心に突き刺さります。

昔の私は、その矢をこの右手で握りしめ、
さらに自ら、自分の心に突き刺すことがありました。
繰り返し、繰り返し。

もしくは、お返しのように、
自分の新たな矢を、相手の心臓目がけて放ちます。
心に受けた矢は突き刺さったまま、
その痛みを攻撃のエネルギーに変えて。

もしくは、
矢が突き刺さっていることに
気づかぬふりをしました。
突き刺さった矢は、そのままで、
傷口は悪化しながらも手当てしないので、
いつしかその部分は、壊死してしまい、
機能不全になるわけです。

突き刺さった矢を握りしめながら、
苦しみ続けることもあるでしょう。

復讐を無意識に誓い、
矢と憎しみを握り続けることもあるかもしれません。

心にとっては、どれも
本当は健全ではありません。

でも、致し方なったのです。

他に術を知らなかったから。

つまりは、術を知ったらよかったのです。

父の闘病中に主治医から、
通夜のとき親戚から、

それぞれが、それぞれの正義のもとに、
私と母にとっては、
むごい矢が、突然飛んできました。

母もいたので、
この矢を受けるわけにはいかず、
必死でした。

悲しみのど真ん中にいる中で、
自分の中心に、力を宿しながら、

危うく突き刺さりそうになった矢を
すぐに引き抜き、
相手の目の前に差し出し、
返すことができました。

「私は違う見解です」

「私は、そうは思いません」

「こちらには、こういう事情や状況がありました」

相手の目をしっかりと見て、
そちらの立場の正義はわかるけれど
その矢は、受け取らない。

応戦するわけではない。

自分の矢も放たない。

ただ、あなたの矢を返すだけ。

心理セラピーは、
自分の心を守っていくスキルでもあります。

ちゃんとその場で返すことができたので、
その正義の名のもとの言葉に、
傷つくことも、
自分を責めることもありませんでしたし、
その相手を恨んでもいません。

多少の傷跡は残っていますし、
相手を好きになることもありませんが、
仲をこじらすこともなく、
普通に付き合ってもいけます。

時には、闘うことが必要な時もあるかもしれませんし、
ちゃんと受け止めることが必要なこともあるかもしれません。

言葉の変わりに、心の前に盾を置く方法もあります。


どうか、
不要な矢は、受け取らないでください。

我慢して飲み込み続けて、自分を失わないでください。

そして、できるならば握り締め続けないでください。
自分のために。

過去の矢が心の奥に残っているならば、
そのために、心理セラピーの場があります。

しっかり処置していきましょう。

そして、自分の心の前に、
勇者の盾を用意しておきましょう。

多くの人が怒っているこの今の社会から
自分の心を守っていくために。



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